最低教師・真田恭子
向井藤子編
向井藤子は学校が嫌いだった。
小学生の時に、無神経な教師に間違われて呼ばれた「フジコ」の名が、最初に嫌いになった理由だったと記憶している。藤子の読みは「トウコ」だ。
それ以降、小・中まであだ名は「フジコ」で、ルパンの物真似と共にからかわれ続けた。
別にフジコの名前が悪いわけではなく、どうしても名前と共に「ルパンのあの不二子」を連想されるのがとても嫌だった。
こちらの「フジコ」は背も低ければ胸もない。やや太めの体型だし、低い鼻に乗った分厚い近視用メガネ。白い肌にポツポツと浮かぶ赤いニキビがとても目立っていた。
そしてそれらのものは、高校に入学してからも続いている。やはりあだ名は「フジコ」だ。
背を丸くして、数学の参考書に目を落とす。
ホームルームが始まる前の、学生の一日の苦労が始まる前のささやかな自由時間。
クラスメイト達のおしゃべりが教室を埋め尽くす中、藤子は一人黙々と参考書を見詰めていた。
藤子の耳に届く声は、いつもお決まりの男の子の話やファッションの話、音楽やテレビの話などだ。
(馬鹿馬鹿しい)
藤子は小さく、周囲を馬鹿にしたような溜息を吐いた。
話はワンパターンで、「どこの誰かが誰と付き合っている」だの「最近の流行は……」。
これでもそこそこの進学校だと言うのが、藤子にはとても信じられなかった。
(この女子校を選んだのは失敗だ)
そう思っている藤子は、二年の初めだと言うのに、視線の先に大学受験という目標を見詰めていた。
……そんな周囲を見下しているような藤子だからこそ、友達と呼べる人物はいなかった。自分が考えている以上に、他人は見ているものである。
藤子はただ、出席日数や推薦、とにかく「進学に影響するから」というだけのために学校へ来ていた。
喧騒が漏れる2―Aの教室のドアの前に、黒いミニタイトのスーツを着た女性が立っていた。
彼女の名は真田恭子。二十四歳。
まず、不機嫌そうな切れ長な瞳が印象的だった。伸ばしっ放しのロングヘアーをそのままに、近寄り難い雰囲気がある。身長は百六十の半ば。女性にしては少し高い方だが、均等の取れたスレンダーな身体付きが余計に高く見せていた。
恭子はおもむろに、ボリボリと頭を掻いた。
(気持ち悪い……昨日飲みすぎたか)
軽い頭痛にむかむかする胸の奥。いつも不機嫌そうな瞳が、本気で不機嫌に細められる。
「適当に済ますか」
そんな小さな呟きを漏らし、恭子はドアを開けた。
その途端、シーンと静まり返る教室。女生徒達は素早く自分の席に戻り、平静を装うが……今日だけは違っていた。
現れたのは、見覚えのない女性。恐らく教師だろうが……
期待、不安、その他の感情が含まれた視線を受けながら、恭子はふらふらと教壇の前に立つと、机に畏まる女子高生達を見回した。
そして、驚くべき言葉を吐いた。
「はぁ〜……こんな親の脛かじるのが当然だと思ってるクソバカどもに何教えろってのよ」
それは小さな呟きなんてレベルではなく、全員に聞こえるような声だった。恭子の声は低いので、最後尾の席までよく届いた。
全員が「え!?」という、半ばどうすればいいのかわからないような衝撃を受けた。反論すればいいのか、それとも黙っているのがいいのか。隣の席の子と顔を見合わせたりする。
恭子は続けた。
「おまえらが一年から持ち越しの……ナントカ先生ってのが産休で休むんだそうだ。で、私が臨時で担任をやることになった真田恭――うっ!」
突然恭子はうめくと、ジャケットのポケットからコンビニの袋を出し、口元に当てた。
オエエエエエエッ。
「…………」
女生徒達は唖然とした。いきなり現れた新任教師があらぬ暴言を吐き、その上全員の目の前で嘔吐した。
あまりの信じられない一連の動向に、もはや些細な反応すらできない。
「ケホッ……うん、吐いたらすっきりした」
恭子は満足げに頷くと、生まれたてのモノが入ったビニール袋の口を縛り、教壇に置いた。
「……何だっけ? ――ああそうだ、私がしばらくおまえらの担任になる真田恭子だ。あとはまあ……言うことはないな」
気だるげに前髪を掻き上げる真田恭子という教師は、美人という以外に表現のしようもない。
だが多くの女生徒達には「いきなり吐いた教師」として、教壇の上に堂々と置かれたビニール袋が気になってしょうがない。
「委員長は誰だ? そいつの名前は憶えとくよ。これから頼むわ」
委員長――
クラス中の視線が、向井藤子に向けられた。
その視線を追った恭子は、藤子と初めて視線を合わせた。
「おまえか?」
「はい」
藤子の視線は、異様に冷めたものだった。
(こんなのが教師? この学校、最悪……)
藤子の思いは当然である。だが……最悪なのはこれからだった。
「……なんかいかにもって感じのメガネブス」
周囲を見下し、何を言われても「関係ない」が信条の藤子も、さすがにムカッとした。
藤子は「フジコ」のあだ名の一件から、教師なんて信用もしなければどうでもいい存在だと思っている。無能な人間に教わることは何もない。
「どこの学校にも一人ぐらいいるよな、おまえみたいなの。――あ、おまえの顔見てたらまた吐き気してきたわ」
顔をしかめて胸を擦る恭子に、クラスの何人かがクスクス笑う。
藤子はカッとなった。椅子を蹴倒して立ち上がる。
「そ、それが教師の言うことですか!?」
恭子を睨み、声高に叫ぶ。
笑い声も止んだ。
クラスメイト達は、いつも悪い意味で大人しい藤子の感情的な一面を見て驚いたのだ。
だが恭子は「どうでもいい」と言わんばかりに肩をすくめる。
「ブスにブスっつって何が悪い?」
「そういう無神経な発言は止めてください!」
「おまえが神経質なだけだろ。このメガネブス」
「く……!」
「やーいやーいブスー。根暗ー。おまえなんか生きてる価値もないー」
あえて子供っぽい言い方をした恭子に、藤子は怒り、悔しさ、屈辱に鼻の奥が熱くなった。
黙って俯く藤子に、恭子は更にダメ押しした。
「泣くの? ブスの泣き顔はみっともない。どっかよそでやってよ」
「……!」
藤子は堪らず、教室を飛び出した。
最初こそ笑ったものの、他の女子達はさすがに気の毒になっていた。
ただ一人、ようやく正常に戻った者がいた。
「それじゃホームルームを始める。いつも何やってる?」
今の事態を経ても平然としている新任・真田恭子に、2―Aの生徒達は小さな恐怖を抱いた。
――と、その時、一人の女子が控えめに挙手した。
「何だ?」
恭子に促され、女子は立ち上がった。セミロングの髪を茶色に染めた、いかにも今時の女子高生だった。
「あの……先生、今のはちょっとひどいと思うんですが……」
もっともな抗議である。が――
「とうっ」
「――痛っ」
恭子が投げたチョークが、綺麗に茶髪の女子の額に命中した。
「どうでもいいことを蒸し返すな。ああついでだから言っとくが、私は体罰も全然やるタイプだ。不服ならおまえらのお父様やお母様にでも頼んで辞めさせるこったな」
けど、と恭子は続ける。
「私は執念深いよ。もしおまえらの誰かが私を辞めさせるようなことがあったら、連帯責任ってことでおまえら全員に確実に報復する。死んだ方がマシってぐらいにとことん追い込んでやるから、よーく憶えとけ」
……まさに、寒気がするほどの最悪の教師であった。
真田恭子が物静かなホームルームを終えた頃、向井藤子はトイレの個室で泣いていた。
先程言われた言葉が頭をぐるぐる回り、吐き気をもよおすほどの悔しさが込み上げてくる。
「生きている価値もない」
――藤子が目を逸らし続けていた事実を、目の前に突き付けられた。
クラスで孤立し、友達と呼べる人も居らず、他人を見下すことで自分を保っていた藤子。
自慢できるのは勉強だけ。
ただそれだけ。
たったそれだけの小さな自分。
誰にも必要とされない自分。
生きている価値がない。自分なんて生きていても死んでも価値がない。
新任の真田恭子は、たったの数分で小さな藤子を踏み潰した。
便座に腰を降ろし、ハンカチを握り締める。
「もう死のうかな……」
笑いながら呟く藤子。恐らく誰が見ても本気に見えただろう。
――そんな藤子を救ったのは……二回のノックだった。
「向井、いる?」
藤子は顔を上げた。
誰かはわからないが、どこかで聞いた声だった。恐らくクラスメイト――
「あんまり気にしない方がいいよ。あいつ最低だし」
「…………」
藤子はなんとも答えられなかった。
「……えっと……教室に戻りづらいだろうから、鞄持って来たよ。ここに置いとくから……」
何かが床に置かれる硬質な音がして、パタパタと遠ざかるスリッパで走る独特の足音。
「……うっ、ううっ……」
たったそれだけのことだった。
だが、今の藤子には、命を救われるほどの親切だった。
どこかが壊れたかのように涙の止まらない瞳に、強くハンカチを押し付けた。
翌日。
向井藤子はけたたましい目覚まし時計に起こされ、ベッドから起き上がった。
(……いつの間にか寝てた)
昨日のことを思い出す。
真田恭子という、もうどう表現していいのかわからないぐらいに腹の立つ新任教師。
そして、鞄を持って来てくれたクラスメイト。
特にクラスメイトのことを思い出そうと必死に考え、結局思い当たる人物もなく、いつしか寝てしまった。
藤子は溜息を吐いた。
――あの鞄のことを「親切」ではなく「何か裏があるんじゃ?」と考える自分に、ひどい嫌悪感を感じる。
自分はなんて嫌な奴だろう。
友達もできなくて当然だ。
誰にも必要とされず、生きている価値もない。
馬鹿にしていたクラスメイトに助けられた……そう考えたくない自分もいる。
無意味な自尊心だけある。
藤子は自嘲気味に笑い、恭子の言った言葉を繰り返した。
「クソバカ……あはは、私はクソバカだ」
これほど汚い自分にピッタリの言葉が見付かった。
笑いながら涙がこぼれた。
一言目に「勉強」が口癖の両親に「今日は休みたい」とダメ元で言ってみた。
――やはりダメだった。
藤子は重い足取りで、家を出た。
(どこかでサボろう……)
そう考えながら歩く藤子の前に、誰かが立っていた。危うくぶつかりそうになった。
「すみません」
顔を上げず謝り、横を通り過ぎようとする藤子。
だが相手はまた、藤子の前に立つ。
二度三度とそんなことを繰り返し――藤子はムッと顔を上げた。
「あっ」
思わず声を漏らした。
「おはよう、ブス。昨日はたっぷり泣いたみたいだね」
そこには一生会いたくなかった人物、真田恭子がいた。
藤子は怒りの感情を露にし、大きく一歩後ろに引いた。
「な、何か用ですか?」
「…………」
恭子は何も言わず、不機嫌そうな切れ長の瞳で藤子を見詰める。
内心「これ以上傷付けられたくない」という逃げ出したい感情を押し殺し、負けじと睨み返す藤子。
……と、恭子はニヤリと笑った。
「昨日よりはいい顔じゃん」
「余計なお世話です」
「ところが、こっちには無関係じゃないんでね」
「……何の話ですか?」
恭子は腕組みし、身長百五十二センチの藤子を見下ろす。
「ちょっと失礼」
「あっ」
恭子は素早く、藤子のメガネを奪った。一重瞼の陰険そうな細目が露になる。
「か、返してください!」
「……ふうん」
今度は藤子の顔を、丸い顎のラインに添って両手で撫で擦る。
「な、何なんですかあなたは!」
藤子は恭子の手を払い、細い目を更に細くして睨む。
そんな藤子を無視し、恭子は藤子のメガネをアスファルトに落とし……思いっきり踏みつけた。
ガシャッ。
「ああっ!? な、何してるんですかぁ!!」
「おまえ変われ」
「はあ!?」
「すごいブスから見様によっては可愛いぐらいに変われ」
「……な、何言ってるんですか?」
ぼやけた視界で恭子を見上げる。だが、どう見ても恭子が笑ったり馬鹿にしているような表情には見えなかった。
「素質はまずまずだ。とりあえずダイエットにきっちり洗顔。メガネはコンタクトだな。そのボブだかショートだかよくわからんダッサイ髪形も変えろ」
と、恭子はまた藤子の顎のラインを両手で撫でる。
「骨格は悪くないんだよ。背の低さに見合った小さな顔してる。肌も白いし……だから余計にニキビが目立つんだ」
更に恭子はグニッと制服越しに腹部の肉を掴む。藤子は「ひゃっ」と声を上げた。
「そんなに脂肪は付いてないな。こりゃ肥満って表現するよりただの運動不足だ。そんなに食べないだろ?」
「な、な、な……何なんですか!!」
藤子は顔を真っ赤にして叫ぶ。
もう怒っているのか「素質はまずまず」と言われたことに照れているのか、この提案が嬉しいのか嬉しくないのか、さっきまで嫌いだった相手に言われて信用してもいいのかどうか……とにかくわけがわからなかった。
「だからおまえを変えるんだよ」
「なんで!?」
「変わったら教えてやるよ。この恭子さんがおまえを変えてやる」
「かっ、変わりたくなんか――!」
言いかけ、藤子は口をつぐんだ。
昨日までの藤子なら「変わりたくなんかない」と言い切れただろう。だが、今日は違った。
『あんまり気にしない方がいいよ』
誰のものかわからない、あの言葉を思い出していた。
(今の自分じゃ、たとえ相手がわかったとしても、お礼の言葉すら言えない最低の「クソバカ」だ)
無駄に高いだけの自尊心なんか要らない。
そう……目の前の真田恭子なら、容赦なくそれを壊してくれそうな気がした。
「ま、嫌って言っても強制的に変えるだけだけどな」
そう言った恭子に、……藤子は反抗的な心を押し留めた。
――ここで素直になれなかったら、一生「クソバカ」のままだ。
「……お、お願いします……お願いしますっ。私を変えてくださいっ」
恭子は笑った。
「任せろ」
それから一週間ほど、藤子は学校にも行かず、家にも帰らなかった。
「…………」
行方不明の藤子は、恭子が用意した安アパートにいた。
しかし藤子と違い恭子は学校に行く。そして勤めを終えて一緒にここに泊り込む。二人は半同棲のような生活を送っていた。ちなみにこのアパートは恭子の住処ではないらしい。
藤子は全身用の鏡を見ていた。
鏡の中には、知らない女の子が立っている。
「どうだ? バッチリだろ?」
銜えタバコの恭子が、笑いながら藤子の両肩に手を置く。
「…………」
藤子が顔に手をやると、鏡の中の女の子も顔に手を当てる。
(……まさか)
藤子は驚きのあまり表情すら変えず、食い入るように鏡の中の女の子を細かく見る。
卵型の顎のライン。明るすぎるオレンジ色に染められた髪はすっきりとした少し長めのショートカット。白い肌にピンク色の可愛らしいリップの唇。汚く見えたニキビは跡形もなく消えていた。
それに、絶対に着られなかった腕を出すタイプの黒いレザーのワンピース。しかしすっきりとした腕は少女らしい白さと細さで、ウエストも細すぎるほどに締まっていた。強いて難癖を付けるなら胸がないことだが、レザータイプの色っぽいワンピースにはむしろアンバランスで似合っているように思えた。
「……か」
藤子は搾り出すように掠れた声を漏らす。
「か……変わりすぎじゃないですか……?」
一週間前の自分じゃない。どこをどう見ても違いすぎる。唯一変わらないのは、可愛げのない一重の細い瞳ぐらいか――
「そんなことないよ。おまえは元はこんなんなんだよ」
恭子は言いながら、藤子の後ろ髪を指先でイジる。髪を切り、染めたのは恭子だ。
「これが自分から可能性を潰しまくってた向井だよ。地味〜で暗くて陰険な女もおまえだけど」
――一週間のダイエット。ちゃんとした洗顔。しっかり三食。
この一週間、藤子が唯一自由にできたことは体重計に乗ることと勉強だけだった。鏡の類は一切ないから、今まで体重でしか自分の変化を測ることを許されなかった。
体重は減った。四キロほど。現在五十キロだ。百五十二センチの身長では重い方だ。
「痩せたように思えるけれどまだまだ太っている」と思っていただけに、自分の姿を見た時は心底驚いた。
「でも、あんまり体重は減ってないんですけど……」
「腕曲げてみろ」
「…? こう……ですか?」
鏡の中の女の子が、右手を上げて力こぶを作るような仕草をする。
「ほーら見ろ。筋肉」
「…………」
確かに、多少の盛り上がりはあった。左手でコブに触ってみると硬かった。
「脂肪が筋肉に変わったんだよ。体重がそんなに変わらなかったのはそのせいだ」
「は、はあ……」
言われてみれば、最初の内は息切れしまくっていたダイエットメニューのジョギングは、昨日今日と楽にこなすことができていた。その他のメニューも同様だ。
この一週間、正直辛かった。恭子は容赦なく痛いところをズバズバ突いて来る。それに泣いたことも二度三度じゃない。泣いたら更にいじめられた。
けれど、だからこそ続けられた気がする。甘えることを一切許さなかったやり方だからこそ。
思いを巡らす藤子をよそに、恭子はしげしげと自分を見ていた。
「私は血色が良くなったな……おまえのメシ結構美味かったもんな」
藤子に付き合ってダイエットと規則正しい生活をしていた恭子は、むしろ体調改善に役立ったようだ。
「ま、リバウンドに注意しな。とりあえずこれで、おまえをブスなんて言えなくなっちまったしな」
「…………」
さすがに素直に喜べない藤子は、微妙な顔をした。
「髪……ちょっと派手すぎませんか?」
「伸ばすんなら黒でもいいと思う。でも短いなら明るい色の方がいい。おまえの顔はどっちかっつーと丸いからな。黒でショートにすると丸さが目立つ」
「軽い茶色でも……」
「いいんだよ、これぐらいで。ほーら可愛いぞ〜」
恭子はぐりぐりと藤子の頭を撫でる。藤子が照れ隠しに腕を払うと、恭子は「本心は見抜いている」と言わんばかりにニヤニヤ笑った。
「さて……仕上げに行くか」
「仕上げ…? まだ何かするんですか?」
「あたりまえだ」
恭子は畳の床にあぐらをかいて座り、テーブルの灰皿にタバコを押し付けて揉み消した。ちなみにこの部屋にあるのは最低限の家具のみで、テレビや冷蔵庫や電話すらない。
「外見は変わっても中身は元のまんまだからな。手っ取り早く変えちまう」
藤子は振り返り、恭子の前に正座した。鏡越しではなく真正面から恭子を見詰める。
「どうするんですか?」
恭子は本気で底意地が悪そうな顔で笑った。
「ヤルんだよ」
「……何をですか?」
首を傾げる藤子に、恭子は右手を見せた。人差し指と中指だけを立て、ゆっくりと卑猥に動かす。
「突っ込む」
「……ええっ!?」
そういうことに縁のなかった藤子だが、さすがにわかった。
この一週間で痛いほどわかっている、恭子の性格。
およそ冗談にしか思えない発言が、どこまでも本気なのである。そういう奴なのである。
藤子は露骨に表現された羞恥心より先に、恐怖を感じた。
「そ、そ、それはまずすぎると思うんですが……」
「まあおまえは処女だろうからな。さすがにそこは残しといてやる」
「そういう問題じゃないと思います!」
「まあまあ。選ばせてやるよ。自分から股開いて優しく経験するか、無理やりヤられるか。無理やりの方は膜は保障できないけど」
極端すぎる二択だが……恭子はやると言ったらやる人間だ。
藤子は「逃げない」と決意している。だからダイエットや恭子の暴言にも耐えて来られた。
もしここで逃げたら、今までの全てが元に戻るような気がしていた。
一週間前の、他人を見下した嫌な自分に。
本当は、そんな自分が大嫌いだった。下らないことで笑い合える友達も欲しかった。周囲を見下すことでしか自分を守ることができなかった。
しかしこの一週間は、とにかく必死で、そんなことは考える余裕もなかった。
今思えば、それが本当の自分ならいいと思う。余計なことを考えないぐらいに、全てに必死になるような……
「……あの、先生」
「ヤルっつったらヤル」
「いえそうじゃなくて……その……」
藤子は恥ずかしげに目を伏せた。
「……それで、変われますか?」
「変われるかどうかはおまえ次第だ。まあ――」
言葉を切り、恭子はタバコを一本銜えた。ジッポを鳴らす。火を点ける時に目を伏せるのは恭子の癖だが、その顔がどこか優しげに見えるから不思議だ。
「誰かに裸を曝け出すってのは、初めての時は結構勇気が要るもんでな。度胸付けとでも思えば変われると思う。だから」
切れ長の瞳が藤子を見る。
「できれば自分から脱げ。無理やりってのは面倒だし」
――藤子は、この時初めて真田恭子という人間に「教師」という姿を見た気がした。
ところで、拭いきれない疑問が一つ。
「……あの、先生って、同性愛者……」
「ああ、違う違う。ガキ黙らせるにはこれが一番手っ取り早いからってだけでヤッてただけ」
過去系で言うところが恐ろしい。過去に何をしてきたのだろう。今の藤子にそれを問うだけの勇気はない。
「その道に目覚めさせた奴らなら沢山いるけど。笑えるだろ?」
今の藤子には笑えない。これから目覚める可能性があるからだ。
性格はともかく、恭子には同性ではなく異性を感じることがある。仕草や口調、低い声や綺麗すぎる表情にある不機嫌そうな瞳……藤子の持っている女性像の全てを裏切っている人物だからかも知れない。
だから怖い。恭子にいやらしいことをされる。された地点で心を奪われそうで怖い。
それ以前にやり過ぎなことでもある。だが――恭子が言うことも理解はできた。
どの道、藤子に選択肢はないのだ。無理やりか、自らか……それのみだ。
「……シャワー浴びてきていいですか?」
「んじゃ一緒に」
「ひ、一人でいいです!」
「ダーメ。風呂上がりに一週間振りのビール飲むんだよ」
恭子はガシッと藤子を捕まえると、無理やりバスルームに連れ込んだ。
――こうして、藤子の運命はいろんな意味で変わったのだ。
狭い洗面所で、恥ずかしがる藤子をよそに、怯むことなくスパッと服を脱ぎ捨てる恭子。
スレンダーな身体つきながら、出るところは出ているし引っ込むところは引っ込んでいる理想的なプロポーション。
母親以外の女性の裸体をじっくり見る機会がなかった藤子は、少し見惚れた。
何気に腹筋が薄く割れているところが、なんとなく恭子らしいと思った。体育会系な雰囲気を感じていたからだろう。
「……ん? 触る?」
視線を感じて、恭子はそう言った。
「い、いえ……」
藤子はジロジロ見ていた自分に恥ずかしさを感じ、顔を伏せた。
「遠慮するなって。ほれ」
「あ……」
藤子の右手を取り、胸、腹筋と手を這わせるように恭子が操る。
(腹筋すごく硬い……それに細い)
女性の割れた腹筋を見ることが初めてだった藤子は、軽いカルチャーショックを覚えた。テレビの映像で男性のボディビルダーを見たことはあっても、女性はなかった。
「高校の時、空手部だったんだ。その名残でな」
「へえ……」
「向井は運動はしないの?」
「運動神経悪いんで……」
「そりゃ勘違いだな――ほれ、おまえも脱げ」
「あ、ちょっ……!」
恭子は藤子を抱き締めるように拘束し、ワンピースの背中のジッパーを下ろし始める。当の藤子は目の前にある恭子の乳房になぜかドキドキした。タバコの匂いに異性を感じた。
「運動神経は悪くないよ。ダイエットのメニューで一緒にやってたから断言もできる。今までは身体が重かっただけだ」
「そ、そうなんですか…?」
「恵まれてるよ、向井は。頭も良ければ運動もできる。しかも今はそこそこ可愛い。あとは中身だな」
「はあ……あっ」
恭子が離れると、ワンピースが落ちた。藤子は慌てて胸を隠す。ブラジャーなんて着けても着けなくても関係ない小さな胸が一瞬だけ露出した。
「早く脱げよ」
「あっ! ちょちょちょちょっ、ちょっと!」
淡いブルーのパンティに隠された恥部を無遠慮に指先で刺激され、藤子は恭子の手を押し退けた。他人に触れられたのはこれが始めてである。想像していた以上に違和感があった。
すると決めた(というか決められた)ことではあるが、いざとなるとやはり恥ずかしい。それも女同士という禁断に触れている気がして一層の抵抗感がある。
「反応が初々しいねえ……」
恭子はニヤニヤしながら前髪を掻き上げた。
と、次の瞬間には無表情になっていた。
「めんどくさい」
「ああっ!」
素早い動きでずずっとパンティを下げられた。
「毛が薄いな」
「むむむむむむ無神経すぎますよ!」
顔を真っ赤にして取り乱す藤子。
「遠慮してても仕方ないだろ」
「……はあ」
細やかな神経を期待しても無駄な相手である。藤子は諦めの溜息を吐いた。
丸裸にした藤子の背を押し、二人はバスルームに移る。風呂の用意はできているので、湯気の溜まったじっとりした空気を肌が感じる。
「そこ座れ」
「は、はい」
滑り止め防止になっている元から敷いてあったスポンジ性の青いマットは、まさか恭子がこの日のために用意しておいたのだろうか?
藤子はそんな疑問を持ちつつ、初めての緊張に胸を高鳴らせるままマットの上に座った。恭子はシャワーの蛇口を捻ってから、藤子の後ろに座る。
サアアアアアア。
最初は冷たかった水が、段々と熱を帯びてゆく。
「よっと」
「ひゃっ」
恭子が座りなおし、藤子を後ろから抱き締める。柔らかな膨らみが背中に押し付けられた。心臓が口から飛び出すんじゃないかと疑いたいぐらい藤子は驚いた。
「こら、前かがみになるな。やりづらいだろ」
胸、股間を覆い前屈みになっている藤子に抗議する恭子。
「で、でも……」
「めんどくせー」
恭子は力任せに、両手を僅かな膨らみに宛がった。
「……小さいなー。想像以上に小さい」
「ほ、ほっといてくださいよっ」
「本当に高校生か?」
「だからほっといてください!」
「ま、気にするなって。この世にロリコンは多いから」
「もういいですよ!」
「そうか? じゃさっさと終わらすか」
「あっ」
恭子は掌で回すように胸を刺激し始めた。
(……い、意外と優しい……)
先を急がないゆっくりとした恭子の愛撫。
シャワーの音だけが耳を打つ。
時間が流れるに従って、ガチガチになっていた藤子の緊張もほぐれてきた。
身体の奥底に、何かもやもやした熱いものを感じ始めていた。
「――どう?」
「ひゃっ」
耳元で囁く恭子の低い声が、ぼやけた頭に一瞬の錯覚を見せた。
(……男かと思った)
そんなはずはないのだが、恭子に異性を感じている藤子は本気で驚いた。
恭子はそんなことには触れもしなかった。
「そろそろ次に行っていいか?」
体育座りの要領でガードしている足を――太股を優しく撫で回す。
「ぅ……は、い……」
藤子は固めていた両膝を少しだけ緩めた。
「いい子だ」
「……先生、本当に手馴れてませんか…?」
「不本意にもな」
「あっ」
恭子の右手、指先が恥毛を撫で、耳たぶを甘噛みする。
そして――指が、少しだけ熱くなった陰唇に触れた。少しだけ水ではないもので濡れていた。
恭子はあくまでも優しくなぞる。首筋に柔らかくキスをする。左手は硬くなった左の乳首を押し潰すように緩やかに揺する。
「は、あ……あ……」
藤子はだんだんと身体が熱くなって行く感覚に、自慰に似た快感を覚え始めていた。
自分でするよりは気持ちいいが、ゆっくりとしたペースなのが少し歯痒い。
「は……んっ、先生…?」
「背中ならキスマーク付けても大丈夫だろ」
恭子の唇が、首筋から肩、背中へと移っていく。
――一瞬、藤子は思ってしまった。
(こんな美人な人が、私なんかの身体をまさぐっている……)
変わった今でも容姿にはまったく自信のない藤子は、奇妙な優越感を感じた。恭子にされているはずなのに、どこか「恭子にさせている」気分になったのだ。
余裕ができたせいか、自分の身体にされていることを、初めて直視した。
恭子の繊細な指が、まるでスローペースなピアノでも弾いているかのように華麗に蠢いている。
「せ、せんせい……指、綺麗ですね……」
爪は伸ばしていない、細く長い指先。女性的なオシャレはされていないが、清潔感があって好感が持てた。
「そうか? そう言われたのは初めてだな……ところで向井」
「は、はい?」
「オナニーは週何回だ?」
「は……え!?」
藤子は驚き、肩越しに恭子を見た――が、恭子は視線を避けるように、また耳たぶを噛んだ。
「あっ……あ…?」
不意に、恭子の手の動きが止まった。
「何回だ? 正直に言わないと、もう続きしてやらない」
「そ、そんな……」
誰にも秘密だから自分で慰めるのであって、告白などしたら秘め事ではなくなる。
紅潮した頬は、違う意味でまた赤くなった。
秘裂が疼く。不自然に止められた快感を身体が求めている。藤子自身の意思でも求めている。
「で? 何回だ?」
「…………」
「じゃ、もう止めるか」
「あ、嫌ですっ」
「何回?」
恭子の声に笑いが含まれていた。藤子は更に恥ずかしさを増し……結局答えた。
「……二回か、三回……勉強している時とか、寝る前に……」
「いつから?」
「あの……中三の時から……」
「結構遅かったんだな」
「深夜に、夜食を食べてたら映画やってて……その、そういうシーンがあって……それで……」
「自分で色々触ってたら目覚めた、と」
「は、はい……だから、あの……」
「よくできました」
「んっ、んん……」
恭子は藤子の唇に唇を合わせた。手の動きも再開し……今度はやや激しく動く。
(…あ、ファーストキス……)
微かにタバコの香りがする触れるだけのキスを交わし、それからもう一度合わせる。恭子の舌が藤子の口内に優しく侵入するのと、下の秘裂に指を入れたのは同時だった。
指を第一関節まで入れ、中を弄ぶ。
「んぁっ、んっ、……んんっ」
控えめに差し出された藤子の舌に、恭子の舌が絡みつく。吸われ、なぞられ、何がなんだかわからなくなってきた。
藤子の頭は霞み掛かったように鮮明さを失い、思考力が落ちてゆく。
恭子の愛撫は激しくもあり、優しさもある。それが藤子の安堵感を知らず知らずの内に高めて行った。
ぼんやりと瞳を開くと、目を伏せて唇を合わせる恭子がいた。
(……綺麗)
ブラウン管越しに見るような美女が、目の前にいる。それなのに男性を感じる不思議な人物。
藤子は昇り詰める身体に切なくなり、空いた両手を恭子の細い首に回して恭子を強く求めた。
「んっ!? ちょっ……んんっ」
突然の行為に、恭子の方が焦った。だが藤子は首に回した手を離さず、体勢を変えて恭子を捕まえたままマットに横になった。
(……チッ)
恭子は内心舌打ちすると、仰向けになった藤子をそのまま攻めることにした。
互いに唇を求めながら、恭子は陰芯を中心に攻めた。
「んっ……あぁっ!」
藤子は顔を逸らし、絶頂に達した。
荒く息を吐きながら、しかし恭子の首は離さない。
「終わったぞ。おい、離せって……――んんっ」
ぐったりとしていた藤子の不意打ちのキスに、恭子はまたしても焦った。
恭子の瞳に映るのは、うつろに「まだしたい」と訴えかける藤子の瞳。
(……あーそうかい。一回じゃ足りないってか)
今度は、藤子をイカせることだけを考えて愛撫していた恭子の方に火が点いた。
シャワーの水で張り付いた藤子の額の髪を撫でるように上げ、左手で頭を抱き、激しく唇を吸う。膝を藤子の秘所に当て、擦るように押す。
――二人のバスタイムは、二時間にも及んだ。
二人の秘め事が終わった後、夜の十時頃に藤子は家に帰された。
連絡すらしていない、一週間振りの帰宅である。
家では一騒動あると踏んでいた藤子だが、さすがにそこは恭子が動いていたようだ。
つまり、一騒動は別の形で――
「――おかえり、藤……な、何だ藤子! その頭は何だ!?」
「――た、ただいま……お父さん」
「――お父さん、何を騒いで…………藤子ぉぉぉぉ! ど、どうしたのその格好!?」
「――あの、ちょっと……」
「――男か!? 真田先生が一週間の勉強合宿をすると連絡をくれたが、まさか男と遊んでいたのか!? 同棲でもしてたのか!?」
「――ち、違うよ! それは違うよ!」
「――じゃあその頭は何なのよ!? その格好は何なのよ!? 今時の歌手みたいに派手じゃない!」
「――と、藤子……グレてもおまえは父さんの子だぞ! 小遣いが欲しいのか!?」
「――お小遣いは足りてるしグレてもないよ!」
藤子は弁解を試みる傍ら、両親の慌てぶりがおかしかった。
確かにその通りである。一週間前まで優等生だったのに、今ではオレンジ色の髪にしている。何かあったと考えるのが自然だ。
(中身は大して変わってないのに)
藤子は微笑みながら息を吐いた。
そんな表まで聞こえる向井家の騒動を聞きながら、恭子はタバコを踏み消した。
「ま、ちったぁ変わったかな……」
誰にも届かない呟きを漏らし、恭子は歩き出した。
「……おはよう」
小さな声とともに、2―Aの教室に入ってきたオレンジ色の髪の見覚えのない女の子。
クラスメイト達は「誰?」と顔を見合わせ、ひそひそと話す。
そして――驚く。
座った席は、一週間も空席だった向井藤子の席。
皆にあるのは、一週間前のメガネの小太りな女の子の姿だった。背を丸めていつも机にしがみついているような、孤立した存在だった。挨拶をしても返すことすらなかったような、ほとんどしゃべらない暗い女の子だった。
(うわあ……すごい見られてる)
藤子は視線を意識しつつ、鞄の中身を机の中にしまう。
「おはよー」
少し遅れてやってきた女の子が、教室の皆に挨拶し――藤子を見て叫んだ。
「うわっ、誰!? すごい派手!」
藤子は過剰なまでに反応した。椅子を鳴らして立ち上がる。瞳は大きく開かれ、叫んだ女の子を見ていた。
(……この人だ。この声……)
相手はクラスのムードメーカー的存在の、倉科由里。茶髪に染めた柔らかそうなセミロングの髪の、いつも誰かとしゃべっているような明るい女子。以前の藤子は「うるさい奴」と思っていた。
ちなみに新任・真田恭子のチョーク投げを食らったのもこの女の子だ。
「……え? 向井なの?」
他のクラスメイトが由里に耳打ちし、由里は更に驚いたようだ。
藤子は勇気を出して、足を踏み出した。
由里にたった一言言いたいがために、この一週間を費やしてきたのだ。
「言う時は場所も状況も考えない」、それだけは昨日の夜に決めていた。わかった時にちゃんと言おう、と。そうじゃなければ、体面を気にする以前の自分でしかない。
「く、倉科さん……」
藤子の声は若干震えていた。
「え……何?」
まっすぐにやってきた藤子に、由里も少したじろぐ。
「あ……ありがとう」
「……へ?」
「それだけが言いたかった……から……」
藤子は感極まって涙が滲んできたが、それ以上は言わずに席に戻った。
「……?」
由里は何の礼かもわかっていなかった。
――だが、これがきっかけで二人が友人関係になるのに、さほど長い時間は要らなかった。
「おうおまえら、今日も元気に親のスネかじってるか? 金が余ってるようなら恭子さんに献上してもいいからな」
そんなありえない挨拶をしながら、真田恭子が教室に入ってきた。
教壇に立ち、向井藤子を見る。
「何だおまえ? グレたのか?」
藤子はクスッと笑った。
「グレました」
恭子を含め、クラスメイト達が笑った。
ところで、藤子には一つ、どうしても気になっていることがあった。
「先生」
「んー?」
手短なホームルームを終えた恭子を、廊下で藤子が捕まえた。
「おう、向井か。質問は一つ五百円からだ」
そんな冗談じみた本音を無視し、藤子は本題に入った。
「憶えてますか? 先生がどうして私を変えたかったのか、という理由……私が変わったら教えてくれるって約束でしたよね?」
「……あー、そんな話もしたっけ」
恭子は面倒臭そうにボリボリ頭を掻いた。
「全ておまえのためだ」
「嘘ですね」
「うん」
きっぱりと嘘と言い切る藤子もすごいが、何の躊躇もなく嘘と認める恭子もすごい。
「いやあ、自殺でもされると教師生命に関わるだろ? 退学ならまだいいけど、おまえみたいな優等生が辞めるとは思えなかったんでな。後から考えたら自分を追い込むタイプに思えたから焦ったよ」
藤子は笑った。心の底から笑った。
「そんなことだろうと思ってました。先生、最低ですね」
恭子も笑った。
「優秀な教師なら他に沢山いるだろ」
と、小さな藤子の頭を撫でる。
「元が教師って柄でもないし、他人のことに本気になれる性分でもないしな」
ピシッと額を指で弾き、恭子は背を向けた。
「教師はいいぞ。ムカツクことがあったら生徒に山盛りの宿題で八つ当たりもできるし、没収って形でプライベートも正当に侵害できるし。給料安いけどよ」
――本当に最低である。
しかし……
そんな戯けた本音を言う恭子の背中に、藤子は「教師」の姿を見ていた。
不思議だった。
教師という人種を認めていなかった藤子が、よりによってあんな最低な教師を「教師」と認めるなんて。
……期待と、不安と。
これからのことを考えると、小さな胸が騒がしくなった。
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